立会い出産か・・・1
うちは3回出産しておりますが三回とも病院が違います。
長女の時は総合病院、次女の時も同じ所をと思っていたら確か定休日だったので別の病院へ行ってしまったんですよね。後で確認すると総合病院は臨時営業していたようで休みだと思っていたのが実は・・・でしたw
三女の場合、次女の出産から7年7ヶ月たっていたので近所の真新しい個人病院で産もう!と意気込んでいたわけですが何故か早産になり、長女の時とは別の総合病院に搬送されて生みました。
長女と次女の時は1980年代後半と1990年前半だったので立会い出産っていうのは稀だったと思います。
しかし次女の時は旦那が休みの夜中に陣痛が始まり、病院についてからはバタバタとした後にベッドに横になったのですが30分もしないうちに分娩台へ。
ホッとしたのも束の間・・・
「お父さん、お義母さん、入ってください」
と院長先生が一声。オイオイ、立会いなんて聞いてねえぞ、ボケ~!!と心の中で叫んではみたもののどうにもならず。私の横で顔引きつらせて立ってる旦那を見て愕然とした(顔は真っ青、引きつってる)
義母は経験しているので別に何の動揺もなかったですが、血がダメな旦那を私の横に配置させたのははっきり言って間違いだったと思います。
別に立会い希望じゃなく、先生が善意でおっしゃって下さったんだろうが義母だけで十分でした。絶対分娩の妨げになるのがオチと思っておりましたし(笑)
私は小学生の頃に母親を亡くしているので別に義母に立ち会ってもらうことには何ら問題はありませんでした。定年まで勤め上げ、途中義父の母親の面倒みたりしていたし、その上趣味のダンスまでしていたエネルギッシュな方。常識人で、怒りにまかせて怒っても次の日鎮火していつものように接してくださいます。
寧ろ、私のほうが常識ないんじゃないかと感じるくらいです(笑)
後日談
生む時に次女はへその緒を巻いていたのですが、あと少し呼吸をするのが遅れていたらNICUのある病院へ搬送されていたと聞きました。産後の私に聞かせるわけにはいかないということで後で教えてもらったんですが。次女は何事もなく、大きくなりました。中高生の頃の反抗期の酷さは、まあ・・・置いときます(笑)
長女の時だけが何のトラブルもなしでした。
で、三女の話へと続けたかったんですが長くなったので次回へ。